ホームchevron_right技術資料一覧chevron_rightNMRchevron_right溶液NMRchevron_rightNMR入門講座 ②溶液NMR測定法
技術資料
No.T2125 | 2021.12.15

NMR入門講座 ②溶液NMR測定法

概要

核磁気共鳴(nuclear magnetic resonance:NMR)法は、分子構造や様々な分子間相互作用、分子の運動状態などを調べる手法で、高分子化学、生物化学、医学等の広範囲な分野で活用されています。前回(T1712)はNMR法の簡単な原理、装置の仕組みについて取り上げましたが、本講座では1次元の溶液NMR測定法について詳しく説明します。

測定方法1,2)

ここでは、溶液NMRの測定方法について述べます。大まかな手順を【図1】に示します。


【図1】 溶液NMR測定のフローチャート

1)測定試料の調製

溶液NMRでは、試料溶液をNMR試料管に入れ測定を行います。周波数ロック(後述)を行うため、溶媒には1Hを2Hに置換した重水素化溶媒が用いられます。よく使われる溶媒を【表1】にまとめます。溶解させる試料の性質、測定温度、ピークの化学シフト値等を考慮し、適切な溶媒を選択します。
溶液の濃度は、試料や試料管径にもよりますが1H NMRで1wt%、13C NMRで5~10wt%程あれば測定可能です。一方で、溶媒に不溶な試料は測定できません。また、溶解しても溶液の粘性が高い場合、スペクトルが幅広化し解析が困難となる場合があります。

*テトラメチルシラン(TMS)を基準とした化学シフト値。δHは残存のプロトン化溶媒によるもの。

2)試料のセット

NMR試料管をスピナーと呼ばれる治具に取り付け、マグネットの中にセットします。この際、スピナーや試料管の下部に汚れがない状態にしておきます。また、必要に応じて試料を10~20Hzで回転させます。

3)周波数ロック・シム調整

NMR試料管は均一な静磁場中に置かれていますが、マグネットの磁場は時間が経つにつれ徐々にドリフトします。このため、NMRシグナルの周波数がドリフトすることで、スペクトルの分解能が低下してしまいます。これを防ぐため、重溶媒の重水素シグナルの周波数を観測し、それを元にドリフトの補正を行う周波数ロックを行います。周波数ロックの際は、【表2】に示す複数のパラメータを調整し、ロックレベルを上昇させます。

マグネットの磁場だけでは試料空間の磁場を均一な状態に保つことは難しく、磁場の不均一性はスペクトルの感度・分解能の低下につながります。そこで、周波数ロックを行った後、シムコイルにより微小な磁場を生じさせ、磁場の均一性を上げる作業を行います(シム調整)。シム調整では、マグネットに垂直方向のz軸、水平方向のx軸、y軸の磁場の不均一性を修正します。
また、垂直軸周りで試料を回転させることで水平方向の磁場の不均一性を平均化させ、分解能を向上させることができます。しかし、多次元測定ではアーティファクト(偽のピーク)が生じるため、一般的には試料を回転させません。その際も、水平方向のシムを調整することで回転時と同程度の高分解能化が可能です。
周波数ロックとシムの詳細については、文献1)を参考にしてください。

4)チューニング

ラジオ波の照射やNMR信号の検出は、プローブ内のコイルを用いて行われます。測定核種の共鳴周波数(講座①原理(T1712)を参照)にコイルの共振周波数を合わせる作業をチューニングと呼び、これを怠ると、スペクトルの感度が低下し、適切なスペクトルが得られなくなります。チューニングでは、共鳴周波数での照射信号の反射が最小になるように、コイルに直列・並列に配置された2つの可変コンデンサーを調整します【図2】。

【図2】 チューニング作業

5)測定条件の設定及び測定

測定手法(パルスシークエンス)によって設定パラメータは様々ありますが、ここでは通常の1H NMR測定を例に代表的な設定パラメータを紹介します。

1H NMRのパルスシークエンスを【図3】に示します。このパルスシークエンスは横軸が測定時間軸を示しており、待ち時間(①)は測定核種を励起させるパルス波を照射するまでの待ち時間、真ん中の部分はパルス(矩形波)を、右側の減衰曲線は観測するNMR信号(FID)を表しています。

【図3】 1H NMRのパルスシークエンス

 

①待ち時間

NMR信号強度は弱いため、複数回の測定結果を積算してスペクトルの感度(S/N比)を向上させます。
待ち時間は、FIDの取り込み後、次のパルスを照射するまでの時間に対応します。待ち時間の間、励起した核種は平衡状態に戻っていきますが、これが短いと、平衡状態に戻った核種が少ない状態となり、NMR信号強度が弱くなってしまいます。1H NMRでは、通常1~2秒の待ち時間を設定します。

②パルス幅

パルスを照射する時間をパルス幅(②)と呼びます。試料は多数のスピンの集合体であり、スピンの集団平均を表す磁化(巨視的磁化)は静磁場に平行な状態で存在します。ここにパルスを照射すると巨視的磁化は磁場に垂直な方向へ倒れていき、パルスの照射をやめると元の状態に戻っていきます。NMRでは、元に戻っていく巨視的磁化の横軸成分をFIDとして観測します(詳細は7)補足を参照)。
パルス幅に応じて巨視的磁化が倒れる度合は変化します。例えば、巨視的磁化を静磁場に対し垂直に倒すパルスを90度パルスと呼び、巨視的磁化の元の向きに対する角度(フリップ角)を用いて表現します。1H NMRでは、通常90度以下のパルスが用いられます。

③パルス強度

パルスの強度が小さいと、照射するパルスの周波数付近のピークだけが励起され、観測したいスペクトル領域全体の核種を励起できなくなります。パルスの強度は360度パルス幅の逆数で表され、例えば90度パルスでの測定を行う場合、パルス強度が観測したい領域よりも大きくなるように設定します。

④積算回数

NMRスペクトルのS/N比は、積算回数の平方根に比例します(積算回数を4倍するとS/N比は2倍)。
見たいピークのS/N比に応じて適切な積算回数を設定します。

6.データ処理

データ処理では、取得したFIDに対してフーリエ変換と呼ばれる処理を行います。フーリエ変換では、時間軸の関数である信号を周波数の関数に変換することで、最終的なNMRスペクトルが得られます。
フーリエ変換の際、スペクトルのノイズの低減や分解能向上のため、FIDの最後に強度0のポイントを追加するゼロフィリングや、ノイズを滑らかにするウィンドウ関数の使用等を行います。また、フーリエ変換後のスペクトルに対しては、パルス側と検出器側の位相のずれを補正したり、ベースラインの歪みを補正したりします【表3】。データ処理の詳細については、文献1,2)を参考にしてください。

7)補足 巨視的磁化とFIDの観測

NMR入門講座 ①原理」で述べたように、個々の原子核は静磁場中で歳差運動をしています。しかし、試料には非常に多くの原子核が存在するため、実際のNMRでは原子核の集団全体を観測することになります。
試料全体の磁化集団平均を巨視的磁化と呼び、これを用いることで磁化全体の振る舞いを理解しやすくなります。
試料をNMR装置に入れてからスペクトルを取得するまでの流れを【図4】にまとめました。まず、NMR装置に入れた試料の巨視的磁化は①のような状態となります。ここでz軸は静磁場に平行な方向を表しており、xy軸側の磁化は平均化され、巨視的磁化はz軸方向の成分のみを持っています。ここに、共鳴周波数で回転するラジオ波(振動磁場)を照射すると、個々の核種がエネルギーを徐々に吸収していき、巨視的磁化は回転しながらxy平面側へ少しずつ倒れて行きます(②)。
巨視的磁化が倒れている途中でラジオ波の照射を止めると、巨視的磁化は②とは反対にエネルギーを放出しながら熱平衡状態へ戻っていきます(緩和)。NMRでは、この緩和過程での巨視的磁化の横軸方向の成分(横磁化)をFIDとして観測しています(③)。

【図4】 NMR測定での巨視的磁化の挙動

まとめ

本講座では、1次元の溶液NMR測定法について紹介しました。測定における各作業の目的や注意点について、少しでも理解が深まれば幸いです。
次回(T2126)は、溶液1次元NMRスペクトルで何が分かるのかについて説明します。

参照文献

  • 1) T. D. W. Claridge 著、「有機化学のための高分解能NMRテクニック」、竹内敬人、西川実希 訳、講談社サイエンティフィク(2004)
  • 2) 竹腰 清乃理 著、「磁気共鳴-NMR –核スピンの分光学-」、サイエンス社(2011)

CONTACTぜひ、お問い合わせください

弊社の分析技術について、納期やコストについてご検討の方は、
お問い合わせフォームより問い合わせください。