【技術資料】NMR入門講座 @原理
技術レポート:No.T1712 / 2016.07.01
概要
核磁気共鳴(nuclear magnetic resonance:NMR)法は、分子構造や様々な分子間相互作用、分子の運動状態などを 調べる手法で、高分子化学、生物化学、医学等の広範囲な分野で活用されています。ここでは、NMR法の簡単な原理、装置の仕組みについて紹介します。
1. NMRの原理
ある種の原子核では、原子核の持つ+電荷が自転軸に沿って回転し、磁場が発生します【図1】。1) この核に一定方向の強磁場をかけると、円錐形を描きながら回転し始めます【図2】。これはラーモアの歳差運動 と呼ばれ、核によって固有の周期(周波数)を持っています。ここに歳差運動と同じ周波数(共鳴周波数)のラジオ波を 当てると、核磁気共鳴(NMR)と呼ばれる共鳴現象により、ラジオ波のエネルギー吸収が起こります。 共鳴現象の後にラジオ波を切ると、原子核はエネルギーを放出しながら元の状態に戻っていきます。このエネルギーの 放出過程を電気信号として捉えることで、NMR信号が得られます。

【図1】水素核の自転と磁場の発生

【図2】ラーモアの歳差運動
NMR法で測定できる核は
1H, 2H (水素)、
14N, 15N (窒素)、
13C (炭素)、
31P (リン)、
19F (フッ素)、
27Al (アルミニウム)、
29Si (ケイ素)、
23Na (ナトリウム)など数多くあり、それぞれの核が固有の共鳴周波数を持っています。表1に、水素を100MHzとした場合の、その他核種の共鳴周波数を示します。2)
また、共鳴周波数は外部磁場の大きさに比例し、1Hでは9.4T(テスラ)の外部磁場で400MHz、11.7Tで500MHzとなります。
【表1】様々な元素の共鳴周波数2)
共鳴周波数(MHz) | ||||
---|---|---|---|---|
1H | 19F | 31P | 13C | 15N |
100 | 94.1 | 40.5 | 25.1 | 10.1 |
2. NMRスペクトル
スペクトルの例として、図3にエチルベンゼンの1H NMRスペクトルを 示します。スペクトルの横軸は化学シフトと呼ばれ、基準となる共鳴周波数からのずれを表します。 化学シフト δ(ppm) = 基準となる共鳴周波数からのずれ(Hz)/装置の操作周波数(MHz) エチルベンゼンでは官能基の異なる3つの分離したピークが確認でき、一番右側から CH3(メチル基)、 CH2(メチレン基)、 C6 H5(ベンゼン環のH) にそれぞれ対応します。この化学シフトのずれの大きさは官能基毎におおよそ決まっているため、この値から官能基の種類を 知ることができます。 この現象について、図4を用いて説明します。核の周囲には電子が存在し、この電子は外部磁場により微小な磁場を形成しま す(↓)。この微小磁場の大きさは官能基の種類により僅かに異なるため、 官能基毎の水素核が感じる磁場(↑)に僅かな差が生じ、化学シフトとしてスペクトルに反映されます。


【図3】エチルベンゼンの1H NMR スペクトル
【図4】電子による微小磁場の形成
さて、図3のピークをより詳しく見ると、ピークそのものが細かく分裂していることが分かります。これは間接スピン結合 (スピン-スピン結合)と呼ばれる相互作用によるもので、化学結合で隣接する官能基の水素の数+1本にピークが分裂します。 図3のCH3ピーク(拡大図)は3本に分裂しています。これは、隣接する官能基が 水素2つであるCH2のためです( 2 + 1 = 3本)。 このように、分子が持つ官能基の種類や結合状態について、NMR法により解析することができます。この他にも、ピークの面積が 水素核の数に比例することを利用し、各官能基どうしの面積比より定量分析(どれだけの量があるかを知ること)も可能となります。
3. NMR装置
NMR測定手法として、外部磁場強度や照射ラジオ波の周波数を変化させる連続波(CW)法と、パルス波を照射することで、 観測したい範囲の全ての周波数を一度に共鳴させ信号を検出するフーリエ変換(FT)法があります。以前はCW法が用いられていましたが、 測定時間が短く、緩和時間測定や多次元NMR等の多様な測定が可能なFT法が現在の主流となっています。ここでは、FT-NMR装置の 構成について紹介します。 装置の模式図を図5に示します。装置は大きく1)マグネット、2)プローブ(検出器)、3)分光計、4)コンピュータの4つから構成されています。

【図5】NMR装置の模式図2),3)
- 1)マグネット
- 2)プローブ(検出器)
- 3)分光計
- 4)コンピュータ
内部に超電導磁石が入っており、歳差運動を引き起こすための磁場を発生させています。磁石の超電導状態を実現するため、 液体ヘリウム、液体窒素を用いた冷却が必要となります。 磁場の大きさは装置により異なり、通常は1Hの共鳴周波数を用いて ○MHzの装置と呼ばれます。磁場が大きいほど原子核が吸収するエネルギーは大きくなり、感度・分解能の良いスペクトルが 得られます。 また、感度の良い測定を行うためには磁場の均一性、安定性も重要となります。そのため、NMR装置にはロック、シムといった 磁場の安定性、均一性を調整する複雑な機構が組み込まれています。
プローブはマグネットの下部に挿入されている円筒状の部品で、内部へ挿入された試料へのラジオ波の照射やエネルギーの 検出を行います。試料管の径や試料形態(溶液か固体か)によって使用可能なプローブは異なります。
ラジオ波の発振器や、プローブの検出信号(自由減衰曲線:FID*)を得るための増幅器、位相検波器、メモリなどから構成 されています。 *FT-NMR装置では、FIDシグナルをフーリエ変換し、スペクトルを取得します。
分光計で得られた検出信号のフーリエ変換や、スペクトルの処理、分光計の設定等を行います。
参考文献
1) R. M. Silverstein、F. X. Webster、D. J. Kiemle 著、「有機化合物のスペクトルによる同定法」、第7版、 ;荒木峻、益子洋一郎、山本修 訳、東京化学同人(2006) 2) 安藤喬志、宗宮創 著、「これならわかるNMR」、化学同人(1997) 3) 阿久津秀雄、島田一夫、鈴木榮一郎、西村善文 編、「NMR分光法」、講談社(2016)