概要
水銀ポロシメーターは水銀圧入法に基づく細孔分布測定装置です【装置紹介No.A1602】。一般的には、粉末や固体を測定対象としますが、フィルム状試料にも適用可能で、数十 nm から数百 µm までの広い範囲をカバーし、膜構造を把握するうえで有効な指標が得られます。
一方、測定時に数百~数MPaの高圧が生じるため、細孔周りを構成する微細構造の形態や強度によっては、加圧に伴う局所的な変形が起こり、見かけの細孔径が変化する可能性がある点に注意が必要です。
本技術資料では、構造の異なる市販のメンブレンフィルターを用い、水銀圧入法の適/不適を検証した例を紹介します。
試料
| (1) PC製メンブレンフィルター | 細孔径0.4 µm (カタログ値) |
| (2) PTFE製メンブレンフィルター | 細孔径0.5 µm (カタログ値) |
【図1】フィルターの光学写真
装置
水銀ポロシメーター Poremaster GT-60 (Quantachrome 社製)
結果
【図2】に、水銀ポロシメーター測定から得た試料(1)の細孔分布曲線を示します。横軸は細孔径の対数、縦軸の log 微分細孔容積は各細孔径にどの程度の容積が対応するかを示す指標であり、試料の細孔径分布を視覚的に把握できます。
本測定では、一度測定した試料を続けて再測定しており、結果をそれぞれ1回目、2回目と示しています(2 回目は10 µm 以下の領域のみ測定)。両者はほぼ一致しており、加圧に伴う一時的な弾性変形の可能性はあるものの、試料構造は概ね維持されたと考えられました。ピーク位置は細孔分布の最頻値を示しており、本試料では細孔径 0.44 µm が最も多いことがわかります。この値は、【図3】の SEM 像で確認される細孔径(約 0.4 µm)、およびカタログ値(0.4 µm)ともほぼ一致しました。
以上の結果から、本試料では、水銀圧入による構造変化の影響は小さく、細孔分布を精度よく評価できていると判断されます。


一方、試料(2)では、測定時に試料が変形した可能性が示唆されました。【図4】に細孔分布曲線を示します。試料(1)と同様に、同一試料を連続して測定しましたが、1回目と2回目の結果が大きく異なっており、測定過程で細孔が変形した可能性が考えられます。
【図5】に示すSEM像から、PTFEフィルターでは細いフィブリル(繊維構造)とノード(結節点)が連結した構造をとっており、フィブリル間の隙間として細孔が形成されている様子が観察されました。このような、繊維状の微細構造が細孔を支える形態では、水銀圧入時の高圧によりフィブリルの伸長や再配置といった局所的な変形が生じやすく、測定中に細孔径が変化したと推測されます。以上より、試料(2)では細孔径の数値化が難しいことがわかりました。
なお、【図3】に示したPCフィルターのSEM像では、丸穴状の細孔が観測されました。細孔周囲が面で支えられているため、加圧時にも形状が変わりにくいと考えられます。
以上のように、細孔を取り囲む構造が“面”に近いか“線(繊維)”に近いかといった違いが、水銀圧入に対する変形の起こりやすさに影響した可能性が考えられました。
【図4】PTFE製メンブレンフィルターの
細孔分布曲線
【図5】PTFE製メンブレンフィルターの
SEM像
まとめ
水銀ポロシメーターにより、細孔形態と材質が異なる2種類の市販メンブレンフィルターの細孔構造を評価しました。丸穴状の細孔を有するPCフィルターでは細孔分布を精度よく測定できました。一方、繊維状構造で細孔が形成されるPTFEフィルターでは、測定の再現性が得られず、加圧時に試料が局所的に変形したことが原因と考えられました。
細孔周辺の微細構造の形態や強度によっては、加圧に伴い局所的な変形が生じ、見かけの細孔径が変化する可能性がある点に注意する必要がありますが、変形がなく、再現性が得られる場合は有用なデータを得ることが可能です。