概要
粉末顔料は塗装や化粧品などの着色に用いられ、水や油に溶けない粉末の総称です。材料に分散させて使用するため、分散性に寄与する表面特性の制御が重要となります(1)。試料表面の組成や化学状態を解析できるX線光電子分光法(ESCAまたはXPS)により、赤色顔料の一つであるベンガラを分析しました。
分析装置
- 装置 : VersaProbeⅡ(アルバック・ファイ製)
- 条件 : X線源 AlKα (1486.6eV)
試料
- ベンガラ(Fe2O3) 【図1】

【図1】試料外観(ベンガラ粉末)
結果及び考察
ESCAは試料にX線を照射し、発生する光電子を検出する手法です。X線により励起された光電子の脱出深さは試料表面から数nmのため、分析深さは極表面の数nmとなります。ピーク位置(結合エネルギー)から構成元素及び化学状態、ピーク強度から組成が分かります。
1)粉末顔料の組成解析
ベンガラの全元素分析結果(ワイドスキャンスペクトル)を図2に示します。試料由来の鉄(Fe)及び酸素(O)が検出されました。検出元素のピーク強度から組成を算出して求めたO/Fe比率は、成分が酸化物(Fe2O3)とした場合の理論値と比べて酸素の割合がやや高いことが分かりました【表1】。ESCAの分析深さは数nmのため、試料表面の化学状態はバルク(Fe2O3)とは異なると判断できます。

【図2】ベンガラのワイドスキャンスペクトル
ESCA推定値 |
理論値 |
||
Fe* |
O* |
O/Fe |
O/Fe |
31atom% |
69atom% |
2.2 |
1.5 |
* 検出元素(Fe, O)の百分率表示
2)粉末顔料の化学状態解析
理論値との組成差異が確認された酸素に着目し、化学状態解析を行いました。酸素の高分解能スペクトルを、ピーク波形分離結果とあわせて図3に示します。2種類の化学状態を確認でき、ピーク位置より、酸化物(Fe2O3)及び水酸化物等(2)への帰属が推定されます。
各化学状態の比率を表2に示します。今回測定したベンガラでは、バルク(Fe2O3)とは異なる水酸化物等が試料表面に約3割存在することが明らかとなりました。ESCAにより、顔料の分散性に影響を与える表面水酸基を評価可能です。

【図3】O1s高分解能スペクトル及びピーク波形分離結果
推定成分 | area% |
酸化物 | 71% |
水酸化物 等 | 29% |
まとめ
ESCAは試料表面(分析深さ 数nm)の組成及び化学構造解析が可能な手法です。粉末顔料では表面特有の成分を明らかとし、材料性能に寄与する表面水酸基等を評価しました。
弊社では、顔料の色調評価(UV-vis拡散反射法)や昇温過程における形態変化観察(in-situ 加熱FE-SEM)及び化学構造解析(in-situ XAFS)も可能です。これらの手法は触媒やセラミックス等にも適用でき、材料と性能の関係を評価できます。
参考文献
1)色材, 63[12] 728-733, 1990
2)Journal of Colloid and Interface Science, 616 (2022) 749–758