概要
NMR入門講座⑥(T2210)では、化学結合に基づく代表的な2次元NMR測定法4種を紹介しました。本資料では、原子核間の距離情報が得られる2次元NMR測定法であるNOESY(およびROESY)を紹介します。NOESYにより、分子の立体構造に基づく異性体の区別等が可能です。
NOESY(Nuclear Overhauser Effect SpectroscopY)とは
NOESYは、空間的に近い(約6Å以内の)原子核間に生じるNOE(核オーバーハウザー効果)と呼ばれる相互作用を利用して、近い位置にある1H同士を検出可能な2次元NMR測定法です。NOE強度を解析することで距離情報を得ることも可能であり、タンパク質のような巨大分子の立体構造解析にも活用されています。
分析方法・分析装置
分析方法 | 2次元 1H-1H NOESY |
分析装置 | 700MHz NMR、500MHz NMR |
試料
N,N-ジメチルアセトアミド(DMA) 重水溶液
結果
DMAの1次元1H NMRスペクトルを図1に示します。2.0 ppmのピークはカルボニル基に隣接するメチル基(以下、C-メチル基)、2.8, 3.0 ppmの2本のピークはN-メチル基由来のピークです。アミド結合は図中の共鳴構造により二重結合性を有するため回転が制限され、2つのN-メチル基は異なるピークとして観測されます。そこで、1H-1H NOESYによりC-メチル基からの距離に基づきN-メチル基(A, B)の帰属を試みました。
DMAの2次元1H-1H NOESYスペクトルを図2に示します。C-メチル基とN-メチル基のうち低磁場(左)側のピークとの間で相関ピークが観測され、そちらがC-メチル基と空間的に近い方のN-メチル基Aであり、もう一方がBであると帰属されました。
NOESYの注意点とROESYによる補完
詳細は成書1)に譲りますが、NOE強度は分子量(回転相関時間τc)および装置磁場と相関があり(図3)、低分子(分子量<500)では正のNOE、高分子(分子量2000<)では負のNOEが生じます。中分子(特に分子量1000付近)ではNOE強度が0になるためNOESYが測定困難な場合があります。
ROESY (Rotating-frame nOE SpectroscopY)はNOESYを補完可能な測定法です。ROE(回転座標系NOE)はNOEの一種ですが常に正であり(図4)、分子量に依らず測定が可能です。ROESYは測定パラメータや得られるスペクトルともにNOESYよりやや複雑ですが、状況によっては有効な選択肢です。
まとめ
NOESYは、空間的に近い原子核(主に1H)同士を検出可能な2次元NMR測定法であり、分子立体構造の解析に活用されています。試料が中分子の場合はNOESYの代わりにROESYが有効です。
参考文献
1) T. D. W. Claridge 著、「有機化学のための高分解能NMRテクニック」、竹内敬人、西川実希 訳、
講談社サイエンティフィク(2004)